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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5514号 判決 1974年5月16日

原告 水野道夫

被告 トヨタ東京オート株式会社

右代表者代表取締役 小林良一

右訴訟代理人弁護士 宮内重治

同 田坂昭頼

同 萬羽了

同 今中幸男

主文

被告は、原告から金一万八、六二〇円の支払いを受けるのと引換えに、原告に対し、別紙目録記載の各物件を引き渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の申立て

1  原告

被告は、原告に対し、別紙目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。)を引渡せ。

被告は、原告に対し、三〇万円およびこれに対する昭和四八年七月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

仮執行の宣言。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告は、本件各物件を所有している。

(二)  原告は、昭和四八年三月二九日、被告に対し、別紙目録一記載の車両(以下「本件車両」という。)の排気ガス浄化装置の取付けを注文し、本件各物件(別紙目録二および三記載の各物件は、本件車両の附属品であり、後部トランク内にある。)を引き渡した。被告は、同日、右の仕事を完了したが、原告に本件各物件を引き渡すことを拒み、現にこれを占有している。

(三)  被告の前記(二)の所為は、不法行為を構成するというべきであるから、被告は、これにより原告に生じた次の損害を賠償する義務を負う。

(1) 休車損 二〇万円

原告は、本件車両を使用できなかったため、一日二、〇〇〇円、一〇〇日分のタクシー料金の支出を余儀なくされた。

(2) 慰謝料 一〇万円

原告は、本件車両を自由に運転する楽しみを奪われる等の精神的苦痛を被ったが、これは、一〇万円で慰謝されるべきである。

よって、原告は、被告に対し、本件各物件の所有権に基づき、その引渡しを求めるとともに、前記不法行為による損害金三〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年七月二六日から支払いずみまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  答弁

請求原因(一)および(二)記載の事実は認め、同(三)記載の事実は知らない。

3  留置権の抗弁について

(一)  被告

(1) 被告は、昭和四八年一月一八日、原告から、本件車両のトランスミッション関係部品の取替調整を請け負い本件車両の引渡しを受けた。

(2) 被告は、同月一九日、右の修理を完成したが、その代金は一万八、六二〇円であった。

(3) 被告は、同月一九日、修理代金の支払いを受けないまま、原告に本件車両を引き渡したが、その後、請求原因(二)記載のとおり、原告から本件車両を含む本件各物件の引渡しを受け、再びその占有を取得した。

(4) 被告が、右のとおり本件車両を引き渡したのは、原告が同月二二日に修理代金を支払う旨確約し、被告がこれを信じたからであって、その際、留置権を放棄したものではない。

(5) よって、被告は原告から右の代金の支払いがあるまで、本件各物件の引渡しを拒む。

(二)  原告

(1) 前記(一)の(1)および(3)記載の事実は認め、同(2)および(4)記載の事実は否認する。

(2) 被告は、昭和四八年一月一九日、原告に本件車両を引き渡した際、留置権を放棄したものである。

三  証拠≪省略≫

理由

一  原告が本件各物件を所有し、被告が現にこれを占有していることは、当事者間に争いがない。よって、以下留置権の抗弁の当否について検討する。

被告が、昭和四八年一月一八日、原告から本件車両のトランスミッション関係部品の取替調整を請け負い、本件車両の引渡しを受けたことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告は右の請負にかかる修理を完成したことおよびその修理代金の数額は、一万八、六二〇円であったことが認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。右の事実によれば、被告は、右の修理代金の支払いを受けるまで本件車両を留置する権利を取得したものというべきである。

ところで、被告が前記の修理を完成した後、修理代金の支払いを受けないまま、原告に本件車両を引き渡したことは、当事者間に争いがなく、右の事実によれば、被告は本件車両の引渡しとともにその占有を失い、右の留置権は、消滅したものというべきである。

しかし、被告が、昭和四八年三月二九日、原告から本件車両の排気ガス浄化装置の取付けを請け負い、本件各物件(別紙目録二および三記載の各物件が本件車両の附属品であることは当事者間に争いがなく、右の事実によれば、同目録二および三記載の各物件は、本件車両の従物というべきである。)の引渡しを受け、再び本件車両の占有を取得したことは、当事者間に争いがない。

一般に、留置権者が目的物の占有を喪失した場合において、占有喪失後再びその占有を取得したときは、右の者は、占有喪失の際留置権を放棄したと認められない限り、当該留置権によって担保された債権につき、新たに留置権を取得するものと解すべきである。

これを本件についてみると、≪証拠省略≫によれば原告は昭和四八年一月一九日、修理にかかる本件車両を受け取るため、被告の工場におもむいたのであるが、その当初から、修理に納得が行かない限り修理代金を支払わないつもりであったこと、しかるに原告は、同工場から、知人であるユーザー・ユニオン事務局長松田某に電話をかけ、その電話に出た松田をして、右工場の修理受付担当者渡辺勝芳に対し、修理代金は同月二〇日か二二日に支払うから取りあえず車を引き渡してもらいたい旨申し入れさせ、しかも被告の売上伝票に、修理代金の数額を確認する趣旨の署名をしたことおよび右工場の工場長渡辺丈士は、原告の右のような言動から、約束どおり修理代金の支払いを受け得るものと誤信し、原告に本件車両を引き渡したことが認められるのであって、右の事実関係のもとでは、被告が、原告に本件車両を引き渡した際、留置権を放棄したものと認めることはできない。原告本人の供述中右の認定にそわない部分は信用できず、他に右の認定、判断を左右するに足りる事実を認めるべき証拠はない。

してみれば、被告は、昭和四八年三月二九日、前記修理代金債権につき、本件各物件の上に留置権を取得したものというべきであり、被告の抗弁は、理由がある。

二  前記一のとおり、被告が、本件各物件の上に留置権を有する以上、本件各物件の占有が違法であることを前提とする原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  以上によって明らかなように、原告の本訴請求は、原告が一万八、六二〇円を支払うのと引換に、本件各物件の引渡しを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川嵜義徳)

<以下省略>

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